札幌クロスオーバー 〜眠れない街へ〜

第一話  カバンを持って街に出よう


 もう、一年も前から決まっていた。

「来年は、札幌いこうよ2007」
       ――P-Age先輩

 この言葉が、急に生気と現実味をもって動き出したのは、韶光しょうこう降り注ぐ五月のある日のことだった。いや、実はそれ以前から「札幌に行こう」という思いはあったと思う。 でも、どうやって? それを考えはじめたのが、その日だった。
 費用も日程も適当に考え、その半端な状況に満足してしまってはや二ヶ月余、出発まで二週間をきったところでやっと 予約を始めようとする適当さ。しかも部屋が空いておらず、ネット上を右往左往しながら、予約まで二時間もかかる始末。 けれど、この旅に対する不安感は、微塵も、これっぽっちも持ち合わせていなかった。
 札幌が、自分が生まれ、人生の何分の一かをそこで過ごした街であるからかもしれない。
 僕は札幌の「天使病院」という、今の自分から考えればまったく似つかわしくない名前の病院で生まれ、そのあと母の 実家でしばらく過ごしていたらしい。その後も、就学前はかなりの頻度と期間で祖母の家に滞在していたし、小学に あがってからも長期休暇中には必ず二週間ほど祖母の家でだらだらとしたり、たまに街(札幌駅〜大通駅周辺のこと、 祖母の家は北区の新川しんかわというところにある)に出たり もしていた。そんなこんなで、人生の二割以上くらいは札幌で過ごしていたのではないかと思う次第である。
 つまり札幌に行くにしても、生地へ帰るという「帰郷」的意味合いもあるわけで、この「帰郷」に「旅行」的意味合いを 持たせたのは、この旅には家族が不在であることと、新川には行かないということだと思う。
 まあ、そんなわけで、今回の旅の概要を説明したい。

 まず日程。今回は、三つの日程が重なり合うことになる。
 釣り人先輩(無人駅先輩から改称)とP-Age先輩は、七月三十一日から八月三日までの三泊四日。
 1+1=7先輩と阪神は、八月一日から三日までの二泊三日。
 さらに、後で説明するオープンキャンパス組四人は、八月三日から四日の一泊二日。
 そして僕は、八月一日から四日までの三泊四日である。

 札幌に「行く」人数は全部で九人だが、札幌で「待っている」のが二人いる。もっとも、そのうちの一人は、進行上 「行く」側に入るのだがそれはさておき、この十一人と旅をすすめることになっている。

 ふたりの先輩が、もうひとり「待っている」先輩(今回は、直接対面することはない)のところへ一足早く出発した 七月三十一日、僕は予備校から帰ってきたあとに、かばん に着替えとWiiをつめて、明日に希望を抱きながら布団にもぐりこんだのであった。



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